加工しやすい大谷石の特徴!江戸時代から使われた石

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「大谷石」という石の名前を皆さんも一度は耳にしたことがあると思います。大谷石は栃木県宇都宮市北西部の大谷町付近一帯で採掘される石材で、柔らかく加工がしやすいことから古くから建材として使用されてきました。

加工しやすい大谷石の特徴!江戸時代から使われた石

大谷石は1200万年前の新生代第三紀に海底火山が噴火をし、その火山灰が海の中で堆積してできた凝灰岩です。大谷石は冒頭で述べた石質が柔らかく加工しやすいという特徴の他に、重量が軽い、耐火性に優れているといった特徴を持っています。江戸時代から建築資材として使われ始めましたが、加工しやすく安価なことから高度経済成長期に各地に広がりました。大谷町付近の大谷石の分布は東西に約8Km、南北に約37Km、地下は200m ~ 300mの深さにわたっていると言われており、その埋蔵量は10億トンと推定されています。

そして大谷石の石層は深い方から順に下部層・中部層・上下部層・上上部層に分かれています。下部層の厚みは100m前後ありますが、風化により崩れやすく、石材としての価値は低いです。中部層の厚みは185m前後で、石材としてもっとも採掘されている石層です。上下部層の厚みは30m前後で石材として優良な石層です。上上部層は巨大なみそ(大谷石に独特な多孔質の穴やくぼみによる斑点模様のこと)が密集していて石材としてあまり価値はありません。ちなみに、大谷石の中でも細目(さいめ)と呼ばれるものが、みそが少なく最も肌面が美しく極上品と言われています。

関東大震災で1度は姿を消した!?レンガ造りはもろかった・・・

組積造(そせきぞう)という言葉をご存知でしょうか?

組積造というのは石材や煉瓦などの建材を積み上げて外壁、内壁といった壁面を作り、壁によって屋根、天井などの上部構造物を支える建築物の構造のことです。明治時代になると文明開化の流れの中で日本各地にこうした石造や煉瓦造の洋風建築が生まれます。しかし関東大震災(1923 年)で大谷石を含む石造や煉瓦造の建物は壊滅的な被害を受け、構造的な弱点が発覚したことから官庁や銀行などの主要建築から姿を消してしまいます。

今も残る旧帝国ホテル・ライト館の面影

ところで大谷石が使われた建築として何か有名なものを皆さんは思い浮かぶでしょうか?何と言ってもフランク・ロイド・ライトが設計した「旧帝国ホテル・ライト館」が有名で、壁や柱など至る所に大谷石が使われています。フランク・ロイド・ライトはル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と呼ばれるアメリカの建築家で、モダニズムの流れをくみ幾何学的な装飾と流れるような空間構成で知られています。日本文化に関心が高く浮世絵の収集家でもありました。

帝国ホテルの当時の支配人であった林愛作は前職がニューヨークの古美術商であったことからライトと旧知の間柄であり、その縁でライトと新館設計の相談を重ね1916年(大正5年)に契約を結ぶこととなりました。ライトがホテルを手掛けるのはこれが初めてでしたが、完璧主義者であったライトは工期の遅延や予算超過で経営陣と対立し完成を見ることなく離日してしまいます。

新館(ライト館)の建設はライトの日本における一番弟子だった遠藤新に引き継がれ、1923年(大正12年)9月1日に落成記念披露宴が開かれることになりましたが、その準備中に関東大震災に見舞われました。しかし周りの建物の多くが倒壊する中ライト館はほとんど無傷で残り、ライトはこのことを知って非常に喜んだと言います。

その後、残念ながら老朽化と地盤沈下、都心の一等地にありながら客室数が少ないことなどを理由にライト館は1968年に取り壊されてしまいました。ライト館の中央玄関ロビー部分は博物館明治村(愛知県犬山市)に移設保存され、今日でもその面影を偲ぶことができます。

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