洋酒地図を一変させた二大事件!フィロキセラと禁酒法

お酒の世界の歴史を色々と振り返ると「禁酒法」と「フィロキセラ」という2つの出来事が、多方面に影響を与えていることが良く分かります。
反対にいえば、この2つの出来事が無ければ、現在のお酒の勢力図は多きく違っていたかもしれません。
今回は、この2つの出来事が与えた影響を振り返っていきましょう。

1.フィロキセラってなに?

フィロキセラと聞いて、すぐに分かるのは余程のワイン好きくらいのものです。
日本語ではブドウネアブラムシと呼ばれる虫のことで、19世紀後半にヨーロッパのワインづくりに壊滅的被害をもたらしました。
この昆虫は、アメリカ産のブドウをヨーロッパに導入したことから拡大したいわば外来種。ヨーロッパのブドウには耐性が無く、次々とブドウの樹が枯れていってしまったのです。
最終的にはアメリカで発見されたフィロキセラに耐性のある樹を台木とすることで解決しましたが、この間欧州全体のワイン生産は苦境に落ち込んだのです。

2.ウイスキー躍進の要因に

ワイン業界にとっては大打撃だったフィロキセラですが、意外なところにも影響を及ぼします。それはブランデーづくりです。
フルーツブランデー以外のブランデーは、ブドウを原材料として蒸留されています。そのため、ブランデー業界にとってもフィロキセラは死活問題だったわけです。
同じ頃、スコッチウイスキーはまだスコットランドの一部でしか飲まれていない、いわば知る人ぞ知る地酒という存在でした。
しかしブランデーの供給が滞ると、同じように琥珀色でアルコール度数を持つスコッチに俄然注目が集まります。また生活の中心にあったワインの供給も途絶えたため、その需要を満たす意味でもスコッチを飲む人が増えました。
さらに同時期、ブレンデッドウイスキーも誕生し安定した飲みやすい品質のウイスキーも出回り、多くの人がウイスキーの味を知ったわけです。
フィロキセラへの対策がとられ、ワインやブランデーの供給は復活しました。
しかしその頃には、人々はスコッチの美味しさに魅了され、代用品ではなく選ばれる存在としてウイスキーが地位を獲得したわけです。

3.禁酒法ってなに?

禁酒法とはアメリカで1920年から1933年まで実際に施行されていた法律です。
名前だけ聞くとお酒好きには絶望的な法律のように思えますが、お酒の製造・販売・輸送を禁止したもので、飲酒の禁止は規定されていません。
そのため、飲酒が出来るもぐりの酒場が発達し、アメリカ人の飲酒量は法律施行前よりも増加するという皮肉な結果となってしまったわけです。
さらにマフィアの暗躍など、様々な事情も絡み、世論からの禁酒法への批判も高まったことから、最終的には廃止となったわけです。

4.アイルランドに降りかかった悲劇

この禁酒法は世界のお酒生産地域に様々な爪あとを残しました。
例えば当時世界一のウイスキー生産地だったアイルランドにとっては、大打撃となってしまいます。アメリカ国内で流通していた粗悪な闇ウイスキーに「アイリッシュ」の名がつけられたため大きくイメージダウン。禁酒法廃止後もそのイメージは払拭されず、長い低迷の期間へと突入することとなります。

5.近隣諸国にとってはビッグチャンス到来!

禁酒法はあくまでアメリカ国内の法律であり、周辺の国にはなんら影響力を持ちません。
そのためお酒を飲みたい人々は、国境を越えてカナダやメキシコ、カリブ海諸国を訪れ、その地でお酒を堪能したわけです。
なかでもカナダのウイスキー業界にとっては、アメリカへの密輸されるウイスキーとしての需要増も発生。
元々クリアで飲みやすかったカナディアンウイスキーの認知度と評価は禁酒法下で上昇。現在まで続く地位を獲得するまでになったのです。

フィロキセラと禁酒法により、悲喜交々の状況が当時のお酒業界にはあったわけです。
しかしその結果、知られざる佳酒が発掘され広まるなど、現在の我々にとってはうれしい効果もあったといえるでしょう。

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