誰かに語りたくなるカクテル誕生秘話

カクテルの中には誕生の背景がしっかりと分かっているものがあります。
そんなエピソードを知っていると、思わず語りたくなりますし、味わいも一段と格別なものとなります。
そこで今回は、カクテル誕生秘話に迫ります。

1.カクテルの女王マンハッタンを生み出したのは

マンハッタンはライウイスキーとスイートベルモット。さらにアンゴスチュラビターズ数滴をステアして作るカクテル。グラスに注いだら、マラスキーノ・チェリーを沈めて完成となります。
このカクテルを考案したのは、イギリスの名宰相チャーチル元首相の母親、レディ・ランドルフ・チャーチルなのです。
彼女は元々アメリカで生まれ。ニューヨークのブルックリンで銀行家の父を持つという良家で育ちました。
そのため社交界デビューも果たすなど、上流階級としての生活を送ります。
彼女は1876年の第十九代アメリカ大統領選挙の際に、民主党の大統領候補ティルデュン氏の後援会幹事を務めるほど熱心に応援。
応援パーティーがニューヨークの高級クラブで開催されることになり、彼女はその席上で振舞うお酒を考える事となりました。
その時に誕生したのがマンハッタンだったのです。ちなみにこの時パーティーを開いた高級クラブの名前がマンハッタンでした。

2.大人のレモンスカッシュ=ジン・フィズ

ドライジンをレモン果汁と砂糖と共にシェイク。氷の入ったタンブラーグラスに移し、ソーダで割ったのがジンフィズです。
このカクテルが誕生したのは1888年。考案したのはアメリカ・ニューオリンズにある飲食店インペリアル・キャビネット・サロンの経営者ヘンリー・ラモスでした。
当時流行していたレモンスカッシュをヒントに、ドライジンを加えた大人バージョンとしてメニューに載せ人気となりました。
ちなみにフィズとは炭酸がはじける時の音のこと。日本ではシューとかシュワシュワと表現しますが、英語ではフィズフィズと表現します。

3.切ないラブストーリーから生まれたマルガリータ

テキーラにホワイトキュラソーとライムジュースを加えてシェイクして作るマルガリータ。
カクテルの中でもトップクラスの人気と知名度を誇る、定番カクテルの一つです。
このカクテルの考案者はロサンゼルスのバーテンダー、ジャン・デュレッサー。
彼の初恋の相手は、メキシコ生まれのマルガリータという女性。しかし1926年にデートでネバダ州に狩猟に出かけた2人に悲劇が訪れます。
別のハンターが撃った流れ弾がマルガリータに命中し、彼女はその場で息絶えてしまったのです。
そんな悲劇から23年が経過。カクテルコンペに出場することとなったデュレッサーは、渾身の出来となったカクテルに、初恋の人の名前を付けたのです。
当時デュレッサーは結婚していましたが、この命名については妻の許可も得ていました。
最初この命名秘話は一部の人しか知りませんでした。しかし1970年にデュレサーがインタビューの中で語り、多くの人が知るところとなったのです。

4.ウオッカへの情熱が生んだモスコミュール

ウオッカの代表的銘柄の一つがスミノフです。元はロシアで製造されていましたが、革命の混乱の中で創業者たちは国外へ脱出。
四代目のウラジミール・スミルノフはロンドンへと渡り、ギルビー社でウオッカを製造。完成したウオッカはスミノフの名前で売り出されました。
このスミノフに目をつけたのが、同じくロシアからアメリカへと亡命していたルドルフ・クネットという人物。彼はアメリカでの輸入代理店契約を結んだのですが、当時のアメリカ人はウオッカの飲み方が分からず事業は失敗。権利はヒューブライン社へと売却されます。
ヒューブライン社でも、マーチン社長が先頭に立ち必死のプロモーションを試みるも、ウオッカはなかなか浸透しません。
そんな中、マーチン社長とハリウッドのレストラン経営者が、何とかウオッカを広めるためにと考案したのがモスコミュールだったのです。
1948年に誕生したモスコミュールは、瞬く間に人気となりスミノフの売り上げも急上昇し、ウオッカの代表銘柄にまでなったのです。

カクテルにまつわる誕生秘話いかがだったでしょうか。
どんなカクテルにも誕生エピソードがあるはずですが、現在でも明確に伝えられているものは多くありません。
カクテルを飲みながら、誕生のきっかけを想像してみるのも素敵な遊びではないでしょうか。

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