日本生まれのカクテル誕生秘話

カクテル文化はアメリカで発展し世界へと広まりました。
日本は洋酒文化が入ってきた時期も遅く、一般大衆にまで洋酒が広がったのは戦後に入ってからと歴史も長くありません。
しかし、そんな日本でも世界に誇る様々なカクテルが誕生しています。
今回は日本生まれのカクテルに注目してみましょう。

1.バンブー

ドライベルモットとドライシェリーにオレンジビターズを一滴加えてステアして作るカクテル。
鋭い切れ味があり、食前酒として大変高い適正があると、世界中で高い評価を受けるスタンダードカクテルの一つです。
このカクテルが誕生したのは明治時代の横浜。グランド・ホテルで働いていたルイス・エビンガー氏が考案したものでした。
実は同じ時代にドライではなくスイートベルモットを使った「アドニス」というカクテルが存在し、ニューヨークで人気となっていました。
それを知るエッピンガー氏は、使用するベルモットの種類を変更。するとまるで竹を思わせるような素直で凛とした仕上がりになったのです。
そこから「バンブー」と名付けられたこのカクテルは、外国人観光客や国際航路の乗組員から評判となりました。
レシピも当時の航路に沿い香港~シンガポール~ボンベイ~ロンドンと広まり、最後はアドニスの生まれ故郷ニューヨークにまで達したのです。

2.ミリオンダラー

ジンにパイナップルジュース、スイート・ベルモット、レモンジュース。さらにグレナデンシロップと卵白をくわえてシェイクして作るカクテル。
しっかりとシェイクするのが重要で、完成したカクテルはほのかなピンク色で表面は卵白由来の真っ白な泡が覆います。
飲み口は甘めで飲みやすく、色合いもあり女性からも人気です。
このカクテルを考案したのも、先ほどのバンブーと同じルイス・エビンガー氏。
彼が横浜で考案したカクテルが2つも、現在でも世界中のカクテルブックに掲載されているわけです。
これだけでも、エビンガー氏がどれほどまでに優れた人物だったかが分かります。

3.雪国

トリスバーでは「洋酒天国」という小冊子が無料配布されていました。その洋酒天国が企画した創作カクテル大会が1959年に開催。
そこで優勝したのがこのカクテルです。
ウオッカ、ホワイトキュラソー、ライムジュースをシェイク。縁にグラニュー糖をつけスノースタイルにしたグラスに注ぎ、最後にミントチェリーを沈めたら完成です。
考案したのは、山形県酒田市にあるケルンという店の井山計一氏。現在でも店は営業し、井山さんも高齢ながらカウンターに立ち続けています。
ちなみにお店は、喫茶店&BARといった雰囲気で、あんみつなどの甘味も食べることが出来てしまいます。

4.青い珊瑚礁

ドライジンとミントリキュールをシェイクし、カクテルグラスに注ぐ。仕上げに真っ赤なマラスキーノチェリーを沈めて完成というカクテル。
日本バーテンダー協会の主催で1950年に開催された、カクテルコンペティションの優勝作品です。
考案したのは名古屋のバーテンダー鹿野彦司氏。
カクテルの色はミントリキュール由来の鮮やかなエメラルドグリーン。その真ん中に赤いチェリーが沈むという見た目的にも美しいカクテルです。
ミントの爽快さと、ジンの鋭さが相まって爽やかな風味となっています。

5.テネシーワルツ

カカオリキュールに少しだけグレナデンシロップを加え、ソーダで割るというカクテル。
考案したのは戦前戦後を通じてバーテンダー協会の活動に尽力した長谷川幸保氏。
昭和24年。雑誌「酒と音楽」の企画でカクテルを考案することとなり、当時流行していたテネシーワルツの名がつけられました。
使われる材料は最小限で、現代では決して花形のカクテルではないかもしれません。
しかし当時はまだ戦後間もない、自由に様々な酒が入手できない時代。
入手できる限られた素材から誕生したテネシーワルツは、曲同様に多くの人を勇気付けてきたのです。

日本で誕生した代表的カクテルを紹介しました。
もちろん、今回紹介した以外にも様々なカクテルが日本では生まれています。
そしてバーテンダーやその店オリジナルのカクテルは、紛れも無く日本生まれのカクテルです。
BARで飲むオリジナルカクテルは、ひょっとすると未来のスタンダードかもしれません。

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