これが現代の牧畜民ヌエル族!牛をめぐる伝統的な争いから内戦へ

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「狩猟採集民の生活」や「農耕民の生活」はイメージできても、「牧畜民の生活」をイメージできる人は、なかなかいないのではないでしょうか? 

無理もありません。なぜなら、「狩猟採集」や「農耕」は私たちの生活の身近にありますが(釣りや山菜採り、家庭菜園など)、「牧畜」、つまり家畜の飼育は、私たちの生活にあまり身近ではないからです(ペットは「家畜」ではありません)。

牧畜とは

牧畜が始まったのは、農耕とほぼ同じ時期、今から1万年程前に始まったと考えられています。牧畜用の家畜となった動物は、草食性の有蹄類に限られます。ウシ、ヤギ、ヒツジ、ラクダ、トナカイ、ウマ、ロバ、アルパカなど、いずれも群れを成す性格を持っているので、人間にとって飼いならしやすかったと思われます。

牧畜を生業とする牧畜民は、中央アジアやアラビア半島やサハラ砂漠周縁部などの乾燥地帯、ヨーロッパ北部やアラスカやシベリアなどの寒冷地帯、ヒマラヤや南アメリカ南部などの高山地帯など、主に農耕が難しい地域で生活しています。

 

ヌエル族の牧畜生活

以下では、牧畜民の具体例として、アフリカのスーダン南部の草原地帯で暮らすヌエル(ヌアー)族の生活を紹介します。

ヌエルの人たちが飼育している家畜は牛です。「牛とともに生きる人々」と言われるほど、ヌエルの人たちの生活は牛に依存しています。

ヌエルの人たちの主食は、牛乳、ヨーグルト、チーズ、バターなどの乳製品です。雨季に栽培される雑穀も牛乳と同じくらい重要な食物なのですが、ヌエルの人たちは好んで食べているわけではありません。彼らにとって、牛乳が満ち足りた状態こそが幸せなのです。牛の肉も食べることは食べるのですが、儀礼で供儀された牛や自然死した牛などに限られます。ただ食べるだけために牛を殺すことはありません。

牛は食糧だけでなく、生活必需品の材料も提供してくれます。牛の皮は、ベッド、お盆、燃料入れ、ロープ、槍、盾などに使われます。牛の尾の毛は飾り物に、牛の骨は腕輪やこん棒、ナイフなどに加工されます。牛の糞は燃料や絆創膏として使われ、糞が燃えた後の灰は化粧品や歯磨き粉となります。チーズの加工や洗顔や手洗いには、なんと牛の尿が使われます。

 

牛へのこだわり

ヌエルの人たちの牛に対するこだわりは、とても深いものがあります。牛の面倒を見るのは主に男たちです。男たちは自分の牛を献身的に世話し、自分の牛を自慢する歌を歌います。自分の牛のそばにいるだけで心が満たされます。牛の一頭一頭には名前が付けられており、男たちはしばしば牛の名前で呼ばれます。こうした人と牛との一体感が、ヌエルの男たちのアイデンティティを形成しているのです。

牛へのこだわりはすなわち、牛への執着でもあります。ヌエルの人たちは、牛を守るためには、そして牛を増やすためには、命を懸けて争うことも厭いません。

ヌエルの人たちにとって最も身近な異民族は、スーダン南部最大の民族であるディンカ族です。ディンカ族も牧畜民で、生活スタイルも大変似ています。ヌエル族はしばしば、ディンカ族を襲撃し、牛を強奪します(その逆もあります)。そして強奪が成功した暁には、ぶんどった牛の配分をめぐって、今度はヌエル族の内部で、血で血を洗う抗争が繰り広げられます。こうした争いは日常的に見られます。なぜならヌエルの人たちにとって、他人から牛を「盗む」ことは手柄と考えられているからです。

 

スーダン内戦下のヌエル族

牛とともに生活を送ってきたヌエル族は、1955年に始まったスーダン内戦を機に、長く熾烈な民族紛争に突入していきました。

北部スーダンに住むイスラム教徒主導のスーダン政府は、南スーダンに住む非イスラム教徒に極めて抑圧的な政策を取りました。それに反発したヌエル族やディンカ族そしてその周辺の諸民族は、1960年代にスーダンからの分離独立闘争を開始しました。

1972年、政府は南スーダンに大幅な自治権を与えることを約束して紛争はひとまず終結するのですが、1983年、政府はこの約束を反故にしました。同年、ディンカ族が主導するスーダン人民解放軍(SPLA)が発足し、政府軍との全面戦争に突入しました。

ヌエル族をはじめとする南スーダンの諸民族は、当初はSPLAに協力的でした。しかし幹部のほとんどがディンカ族で占められているのに不満を抱いたヌエル族や他の民族は、1990年代初めごろから次々に分派を結成し、SPLAを主導するディンカ族と争うようになりました。そんな中、1991年にはヌエル族によるディンカ族虐殺事件が起こり、これを機に両民族は血みどろの抗争へと突入していきました。

 

民族紛争を生きるヌエル族

長きにわたった泥沼の内戦は2005年にようやく終結し、2011年、南スーダンはスーダンからの分離独立を果たしました(地図参照)。しかし新政府もディンカ族の主導だったためにヌエル族は反発し、2013年、ヌエル族指導者によるクーデター未遂が起こりました。そしてこの事件のどさくさに紛れて、ディンカ族は多数のヌエル族を殺害しました。ヌエル族とディンカ族の抗争が再燃してしまったのです。
現代の牧畜民用

ヌエル族とディンカ族は、なぜこうも争うのでしょうか? 上で少し触れたように、この両民族は、牛をめぐる争いを絶えず起こしてきました。こうした伝統的な争いの構図が、現代的な民族紛争の構図へと焼き直されたと見ることができます。しかし、ヌエル族とディンカ族との間で現在生じている紛争は、牛をめぐる争いではなく、政治的権力をめぐる争いです。ヌエル族とディンカ族の争いは、もはや「牛をめぐる伝統的な争い」と見なすことはできなくなったのです。

牛とともに生きてきたヌエル(とディンカ)の人たちは今、民族紛争という過酷な現状のただ中を生きているのです。

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