メソポタミア文明まで遡る印鑑!?日本ではサインの代わりに印鑑を使う理由とは!!

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まず、「印鑑」と言えば文字やシンボルが印面に彫刻されたいわゆる「印章」(または判子(ハンコ))のことだと思っている方が非常に多いのではないでしょうか。しかし、本来は印鑑とは紙に押された「印影」のことを指します。

ちなみに、広辞苑では「あらかじめ市町村長や銀行その他取引先などに提出しておく特定の印影。印の真偽鑑定に用いる。」というのが印鑑の本来の意味であるとしています。印鑑の「鑑」は「鏡」を表し、「照らし合わせて真正であることを保証するもの」という意味があります。

それではなぜ全国の印章店で印章のことを印鑑と呼んでいるのでしょうか?それはいつの間にか誤用が広まり定着してしまったために、あえて印鑑という言葉を使っているのです。今では広辞苑でさえ印鑑は印章のことを指す、という新たな定義を掲載しているくらいです。なお、この文章の導入部分でもこうした背景に配慮して「印鑑」という言葉を使っています(これ以降は「印章」と表記します)。

印章の歴史

印章の歴史はおよそ6000年前のメソポタミア文明にまで遡るとされています。それは円筒印章と呼ばれるもので、円筒形の石や骨などの側面に絵や文字を刻んだものを粘土板に押し付け転がして使用されました。当時は所有証明として捺印を行う習慣があったと言われています。

印章はその後エジプト文明、インダス・中国文明へと伝播しますが、特に中国で発展しました。今から約2,200年前の秦の時代に始皇帝が官印の制度を整備し、印章は持ち主の権力を示す象徴となりました。皇帝の使う印章は「璽」、臣下の使う官印や私印は「印」、さらに漢の時代になると丞相や大将軍の持つ印章は「章」と呼ばれるようになり、「印」と「章」を総称するものとして「印章」という呼び名が生まれたということです。

そして漢の時代に入るとさらに印章は盛んになり、皇帝が諸国の王を臣下と認める証しとして印章を授ける(印綬)ことが行われました。日本では福岡県の志賀島で出土した「漢委奴国王印」(国宝)が有名です。これは後漢の光武帝より授けられたものとされています。

日本で印章が本格的に使われるようになったのは、701年の大宝律令の制定とともに官印が導入されてからと言われています。官印はその後次第に花押(署名を図案化したもの)に取って代わられますが、鎌倉時代になると、宋から渡来した禅宗の僧侶の影響で書画に用いる為に印章を使うことが流行しました。

江戸時代には、私文書にも押印する習慣が広がると同時に実印を登録する印鑑帳が作られるようになり、これが後の印鑑登録制度の原型になったとされています。明治時代に入って政府は律令時代の官印の制度を復活させる一方で、欧米諸国に倣い署名(サイン)の制度を導入しようと試みました。しかし事務の繁雑さや当時の識字率の低さを理由に反対に遭い失敗しました。その後ほとんどの文書において自署の代わりに記名押印すれば足りるという制度が確立しました。

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